コラム2
東大法学部というトコロ
平成20年2月発表 平成8年に書いた文章に加筆編集
先ほどのコラム「灘高校というトコロ」では、世間でイメージされている灘高校と本当の灘高校とのギャップについて書きました。
東大法学部ではどうでしょうか?私の印象では、こちらは世間のイメージは正しいと思っています。
東大法学部の学生たちの考え方について、1996年6月に、サンデー毎日誌の連載「霞ヶ関の憂鬱な貴族たち」の取材に応じて寄稿した原稿の一部をご紹介したいと思います。
平成6年の秋、友人から一本の電話が入った。有志の発案で、一年生の時のクラスで同窓会をやろうと言うことであった。
私自身は一年生の時、体育会の野球部員として授業にほとんど出席できなかったため当時まだ三年生であったが、同級生たちは四年生、そろそろ進路が出そろい、社会に出る前の近況報告の場としてはなかなか気の利いた提案であった。
「法学部砂漠」という言葉があるのだが、能動的に他人と協力して実験にいそしむ理系学部や絶対人数の少ない文学部などと違い、マスプロ教育の権化たる法学部では、授業を介しての人付き合いというものは極端に少ない。入学当初こそ語学の授業で指名される機会があるため他人の名前を覚える余地もあるが、二年の後半から専門課程の授業が始まると、基本は七百人を収容できる大教室での講義が中心となるため、一年間同じ授業に出た者同士でも名前を知らないなどということは不思議ではない。ゼミや受講者数の少ない授業をとらない限り教官や学友とディスカッションをする機会はない。
私もよく人から「東大の法学部?じゃあXX君知ってる?」の類の質問をよくされるが、一学年七百人ずつで、四学年で三千人の東大法学部生がいる上に前述のような環境であるから、質問者の期待にそえたことは一度もない。
さて、同窓会の方はその「砂漠」の中、幹事の数人から始まって連絡を受けた者が次々に自分が消息を把握している者に連絡していくというネズミ講スタイルを採り、当日は百十四人の元同級生のうち四十数名が集まった。
私と同じテーブルを囲んだ約十人の内、一人は現役で司法試験に合格、一人は日本銀行に内定、一人は電通、残りが全員国家公務員であった。ここで、私が大学から昔もらった就職に関する参考資料を見ると、この年の卒業者六百二十四名中金融業界に就職した者が百八十九名、地方を含めて公務員が百四十二名となっている。割合で言うとそれぞれ三十四、二十五%である。
さて、そのようなメンバーで最初に話題になったのが、各人の国家公務員試験の順位であった。私は実は採用試験に順位がつくとは知らなかった。が、彼らの話によるともうこの時点で将来のポストが分かるのだという。目の前で一人が同じ省に行くもう一人のグラスにビールを注いで言った。「あと三十年以上俺はお前の部下だな。」
この翌年の話であるが、現役の年に国家公務員試験に失敗し、自主留年して二回目に合格し、省庁面接に回っていた友人から相談を受けた。どうも面接の感触が悪く、民間の内定を取っておくようにと言われたらしい。他の受験者と比較してみると、考えられる原因は留年しかない、というのである。彼は卒業所用専門単位数九十に対し、百四十単位を取った勉強家である。国家公務員試験に失敗し、保険で押さえておいた内定先に就職する学生が多い中、官僚への道を貫いた「留年」はマイナスイメージにしか評価されないようである。彼は悩んだ末その第一志望の省ではなく、面接の感触が良かった別の省に入った。
先ほどの試験順位の話も留年の話も裏付けのある話ではない。が、「あるかも知れない」と思わせるイメージは否定できない。
話は同窓会に戻る。ほどよくビールが進んだ頃、私の方から話題を切り出してみた。第二次世界大戦中の日本の外交官杉原千畝についてである。
たまたまその前日にニュース番組が特集していたテーマであったのだが、杉原千畝とはリトアニア領事代理として本国の命令に背き、同盟国ナチスドイツの迫害を受けて避難してきたユダヤ人に通過ビザを発給した人である。ユダヤ人の間ではあの「シンドラーのリスト」のシンドラーと同じくらいの英雄であるらしい。私がその番組の中で興味深かったのは外務省の「公務員が本国の命令に背くことは絶対にゆるされません。最前線の公務員が一時の感情で独断を下すのが一番危険なことなのです。」とのコメントであった。このことについてこれから官僚となる彼らはどういう感想を持つのだろうか。
「そりゃそうだ。」答えはあまりにもあっけなかった。他の者もさも当然、といった風にうなずいていた。「国民ってのはすぐ感情論で物を言うからなあ。」これが二十二才の学生の口から出た言葉だとは信じられなかった。
そう言えば国際法の授業中、PKOについてデイスカッションしている最中、こんな発言をした学生がいた。「自衛隊の人たちは国際法の知識も立法論も知らないのだから、我々行政側の人間が安全面の面倒も見てあげなければならない。」この発言をした彼は最近厚生省を追いつめているエイズ原告団のマンパワーを見て、最前線で自分の命がかかっている者の強さを感じたであろうか。それともやはり民間側の力は評価していないのであろうか。
知り合いでPTAの会長をしている人がいるが、先日自治体の教育行政担当者と懇談した際、「私たちは目先のことにとらわれず、五年、十年先を見て計画を立てているのです。」と言われたそうだ。あたかも「難しいことは我々にまかせておけば良いのだ」と言わんばかりだったと言う。私には会長さんの次の言葉が印象に残った。「五年、十年先と言うが、今この瞬間苦しんでいる子供をどうしてくれるんだ。」
(以下省略)

